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映画の窓から見る英国

−映画、あるいは文学、音楽、テレビなど・・・−

I am still where you last saw me.

heathskies

映画の窓から見る英国 以下、現在掲載中。Pawel Pawlikowski, My Summer of Love (2004)Joe Wright, Atonement (2007)In This World (Michael Winterbottom, 2002)Young Adam (David Mackenzie, 2003)Priest (Antonia Bird, 1994)Bridget Joness Diary (Sharon Maguire, 2001)A Room for Romeo Brass (Shane Meadows, 1999)Possession (Neil LaBute, 2002)High Hopes (Mike Leigh, 1988)Paperhouse (Bernard Rose, 1988)The Rachel Papers (Damian Harris, 1989)Cracker (TV, 1993-1996)Brimstone and Treacle (Richard Loncraine, 1982)Career Girls (Mike Leigh, 1997)Life Is Sweet (Mike Leigh, 1990)Roger Michell, Notting Hill (1999)。以下、近く掲載の予定。Sliding Doors (Peter Howitt, 1998)Hilary and Jackie (Anand Tucker, 1998)Enduring Love (Roger Michell, 2004)Breaking the Waves (Lars von Trier, 1996)

本棚(現代英国の文学と文化周辺散歩)以下、現在棚にあり。Kazuo Ishiguro, The Remains of the Day (1989)John Banville, The Sea (2005)Graham Swift, Waterland (1983)Colin Dexter, The Way through the Woods (1992)Dennis Potter, Seeing the Blossom (1994)Richard Dawkins, The God Delusion (2006)Ian McEwan, On Chesil Beach (2007)Dennis Potter, Ticket to Ride (1986)William Boyd, Armadillo (1998)Kate Fox, Watching the English: The Hidden Rules of English Behaviour (2004)A N Wilson, A Jealous Ghost (2005)Graham Greene, The End of the Affair (1951)Ian McEwan, Enduring Love (1997)Jonathan Coe, A Touch of Love (1989)Kazuo Ishiguro, Never Let Me Go (2005)Stephen Fry, Making History (1996)Julian Barnes, The Lemon Table (2004)John Humphrys, The Devils Advocate (1999)James Cochrane, Between You and I: A Little Book of Bad English (2003)A N Wilson, London: A Short History (2004)Jeremy Paxman, The English: A Portrait of a People (1998)Iain Banks, The Bridge (1986)John Humprys, Lost for Words: The Mangling and Manipulating of the English Language (2004)Roy Porter, Blood & Guts: A Short History of Medicine (2002)Desmond Morris, Peoplewatching (2002)Colin Dexter, The Wench Is Dead (1989)Nicola Barker, Behindlings (2002)Kazuo Ishiguro, The Unconsoled (1995)J M Coetzee, Youth (2002)Lynne Truss, Eats, Shoots, and Leaves: The Zero Tolerance Approach to Punctuation (2003)Julian Barnes, Talking It Over (1991)Iain Banks, The Wasp Factory (1984)George Orwell, Nineteen Eighty-Four (1949)John Banville, The Book of Evidence (1989)Kazuo Ishiguro, A Pale View of Hills (1982)Zadie Smith, White Teeth (2000)Catherine Storr, Marianne Dreams (1958)Nigel Williams, Hatchett and Lycett (2002)Mark Haddon, The Curious Incident of the Dog in the Night-Time (2003)Giles Milton, Samurai William (2002)Jill Dawson, Fred and Edie (2001)Simon Winchester, The Surgeon of Crowthorne: A Tale of Murder, Madness and the Oxford English Dictionary (1999)Graham Swift, The Light of Day (2003)David Edmonds, John Eidinow, Wittgensteins Poker: The Story of a Ten Minute Argument between Two Great Philosophers (2002)A S Byatt, Possession: A Romance (1990)Simon Garfield, The Last Journey of William Huskisson (2002)Nicola Barker, Wide Open (1998)Raymond Williams, Television (1974)P G Wodehouse, The Mating Season (1949)Tobias Hill, Underground (1999)以下、近く棚に置く予定(ただし「予定は未定」)。Simon Armitage, The White Stuff (2004)Barry Hines, A Kestrel for a Knave (1968)Hanif Kureishi, Gabriels Gift (2001)John Sutherland, How to Read a Novel (2006)Ian McEwan, Saturday (2005)Nick Hornby, How to Be Good (2001)Simon Elmes, Talking for Britain: A Journey through the Nations Dialects (2005) Ali Smith, The Accidental (2005)Julian Barnes, Artur & George (2005)A A Gill, The Angry Island: Hunting the English (2005)Mark Haddon, A Spot of Bother (2006)

日本の文学は…

更新日: 25 June 2009

『映画の窓から見る英国』 Copyright 2001-2009 (著作権には御留意ください。引用の際には、必ず本HPタイトルとURLを明記してください。)


近況報告:

いや、もう、これだけは、少なくともここだけには書いておかないと…。ここ数日で、東京は、何だか急に蒸し暑くなりましたね。梅雨入りともうなっている割に雨はあまり降っていないみたいですけど、気温と湿度は梅雨に相応しい不快度に達しています。それに反応して、ここのところ、急激に体調がおかしくなってしまいました。だいたい、僕の特異体質の体が、特異体質ではあっても、それなりに機能するのは、最高でも25℃くらい、で、湿度は50%くらいまでで、それを超えると、あれやこれやの変調をきたして、大なり小なり、機能不全状態に陥ります。こういうの、英語では、”hidden disability”だとか謂うのですか。とにかく、暑いのに弱いのです。巷の東京人とは、たぶん、体感気温は10℃以上は少なくともずれているみたいです。あと3週間ばかりは出講せねばならないので、通勤途中でぶっ倒れようが何が起ころうが、やるべきことはやろうとはします。しかし、この暑い時期になると、どれだけ頭を明晰に保とうとしても、限界があることも確かです。家に帰れば、冷房があるので、一息ついて、昼間の疲労を癒すべく夕方に仮眠をして、こうして、早朝まで仕事をすることができます。家では、一昨日から、「除湿」から「冷房」に切り替え、設定温度は17℃としています。こんなことを言うと、「エコ」がどうのだとかいう連中が文句をつけてくるわけですが、僕は、そんなあやふやな大義のために、自分個人の生活環境を、自分の健康を破壊するような方向へと変えようなどとは、露にも思いません。(バカ「エコ」談義は、また、いずれ、「余談」コーナーで。)…特異体質が、しかしながら、災いしていることは確かです。僕みたいな体質の人は、本当に少数派なのでしょうか。気温が上がるとまったくだめになる一方で、逆に、気温が下がるほうは大歓迎。氷点下5℃でも、10℃でも、まあ、15℃くらいまででしょうけれども、僕は、厚手のコートも要らないし、手袋もマフラーも何も要りません。ガキの頃に北海道によく行っていたころには、外気はマイナス10℃であろうが、半ズボンに上はシャツ一枚で、積もった雪で遊んでいたものです。ついでながら、しもやけというのは、僕は経験したことがありません。いや、それどころか、どんなに寒いところへ行っても、寒くて震えるという経験をしたことがない。…言わずもがな、僕は、暖房というものを、まったく必要としません。遺伝によるのかしらとも思います。あとは、英国で、かれこれ、17年も過ごしてきたという事情も、関係しているのかもしれません。「遺伝」というのは、僕の先祖は、どうも、かなり北方から来たらしいのですね。樺太、あるいは、大陸に渡って、東シベリア、だいたい、そんな辺りに、僕の祖先はいたようです。成人してからとは言え、イギリス暮らしが長いというのも、関係しているのでしょう。…家内の故郷のロシアのシベリアの都市の本日の気温は、最高、10℃だったとのことです。何とも羨ましい。…夏は南半球で、冬は北半球で仕事をし、暮らすという方法はないものか、などと、本気で、時々、考えたりもするくらい、苦難の日々なのです。…こうして、ひいひい暑さに音を上げながら出講していると、講義は何とかこなすとしても、帰路の途中と帰宅してから、何とも言えない疲労感に襲われ、ぐったりとしてしまいます。今学期は、でも、通勤中に暑さと湿気で失神したのは、まだ2回なので、ひょっとすると、学期の終わりまで、何とかもつかもしれません。(25.6.2009)

64日の書き込みは、内容の性質に鑑みて、「余談」のほうへと移しておきました。正直、書評のほうはどうでも良いという感じで書いてきたのですが、映画評のほうは、それなりに力を入れて書いてきたつもりです。そもそも、それがメインのサイトでこのサイトはあるので、そこから起こして再生を図りたいと思います。…そして、これは滅多にやらないことですが、久し振りに「リンク」に追加をしました。ピアニストのRonan Magillさんのサイトです(日本語)。先日、来日の折、演奏を拝聴し、コンサートお開きの後、良き友人、かつ、かつての同僚O*****先生のご厚意により、歓談の機会を与えていただきました。(8.6.2009)

今日、久し振りに東京に出かけて来ました。東京での下宿/事務所は、一応、住所は東京都なのですが、如何せん、かなり西のほうなので、都心へ出るのには1時間から1時間半くらいかかるため、余程の用事がなければ、都心へは出かけることはしないのです。東京に戻って来てからの2ヵ月半で、都心方面へ出かけたのは、たったの4回。久し振りに「すずらん通り」を歩き、(錯覚かもしれないですけれど)すがすがしい気分を味わいました。東京での大学院時代からの旧知の方々と会食をし、平素の殺伐とした日々から解放された稀有な一時を楽しみました。…考えてみると、日本語で言いたい放題に話したのも、久し振りでした。最近は、平素は、授業でしか日本語は使いませんから、妙な気分にもなりました。いや、何だか変てこな区分があるのですね。仕事で話す日本語というのは、同じような表現の機械的な繰り返しです。一転して、好き勝手に言いたいことを言って良いとなると、まるで訳が違います。仕事以外で日本語を話すのは、おそらく昨年の忘年会以来で、正直、かなりの違和感がありました。書くのと話すのとでは、まるで感触が違うという事情もあります。…あまり自信はもうないのですが、このサイトは継続しようと思い直しました。映画を観て感想を書いたり、本を読んで適当な感想を書けば良いという程度の企画なので、意識をしっかりと向ければ別段に何が厄介という訳でもありません。…前回の書き込みに誤植が多々あるとの指摘を受けて、気がつく限り修正をしておきました。…目下は多忙ですが、当サイトは続けるつもりですので、よろしくどうぞ。(6.6.2009)

今日、この、何とも不安定な天気の日曜日、音楽(と英国をちょっぴり)の日を過ごしました。仕事生活のほうは殺伐としてきており、そちらのほうでは、疲れ切っています。限界に近いと言っても過言ではないくらいに疲れています。そろそろ、前線を四方に開いて有象無象を相手に僕ごときが反乱を起こしても無念な結果に終わるだけだとの思いが強くなり、この時期にしては爽やかな好天が続く中、柄にもなく家の隣の公園を散歩したりして、ここ23週間、あれやこれやについて、頭の整理をし始めていました。妻が今学期は東京にいてくれているので、独り言が暴走することもなく、静かな日々であると言えば、それはそうです。もうどうでも良いことについては背を向けて語らず、という姿勢を固めつつあるのですが、僕が現下やっている仕事について、一言。先週、平素から敬愛している同僚のO*****先生から、昨今の大学における英語教育の腐敗状況を痛快に批判しておられる論文を頂戴し、拝読しました。拝読をしながら、何度頷いたか分かりません。もちろん、僕じしん、TOEICだとか「実用英語」一般には、年来、抵抗があり、僕なりの批判を、主に口頭で、現場の人間たちに(愚かと謂えば愚かに無思考に)ぶつけてきましたが、で、そうすることによって、今から振り返ると、不用にエネルギーを消耗してきたのですが、もう、僕ごときはそういうことをやっていてもしかたがないとの判断に至りました。そもそも僕は「英語教育」の専門家ではまったくないし、これまでに持っていた違和感も、きちんとした議論にできる訳ではないし、全面撤退が最善策であろうと、遂に、判断した次第です。「余談」で、至っていい加減な断片的批判を無為にするだけにとどめようと決めました。関係者は気分を害するかもしれませんが、もう、僕としては、妥協の手続きを踏むことさえ耐えられなくなってきているので、それはしかたがないと諦めています。文学の講座はその限りではありません。僕がここで言っているのは、語学の講座の中でも、特にTOEICだとかたわごとが絡むものに関してだけ当て嵌まります。しかし、そういう話は、もう、一言するだけでも気分が沈むので、この辺で打ち切ります。まあ、「英語教育」というものもあるのでしょう。それへ関わっているあいだ、僕がどんな感想を持っているかは、「余談」などに、気が向けば、書き散らす、それで済ませることにします。…音楽ですが、これはもう、クラシックがどうの、ロックがどうのというレヴェルの話ではなく、音があり、それを、今ここで打ち出している人がいて、僕は、頭がほとんど空っぽの状態で、そのピアノのすぐ脇に腰を掛け、音に呑み込まれている。僕の仕事は「言葉」に関するものであるだけに、「音楽」との落差は大きく、衝撃度は大きい。かつての同僚、その後は良き友人としておつき合いをさせていただいているO*****先生がご自宅でご開催のコンサートへ行って来たのでした。演奏された音楽には完全に魅了され、頭がほとんど空白になり、そのため、通訳の仕事を部分任されましたが、たぶん、至って不十分な訳業になってしまったことと思います。オーディエンスの方々がこのページを読んでおられるとは思えませんが、万が一、そういう方がおられたら、お詫びを申し上げる次第です。自己耽溺的に、自分はなり過ぎたと反省しきりなのです。長くなってしまったので、続きは後日にということで。(24.5.2009)

2月以降、日本語で文章を書くということをほとんどしていません。春に書く予定だった論文は、諸々の事情により、今回は、流してしまいました。まとまった文章を書くという作業は、習慣としていなければすぐに感触を失ってしまうもので、そのことを、最近、つくづくと体感しています。論文などはおろか、電子メールで私信をしたためるのも億劫になってきます。去年は、割と大量の文章を日本語でさくさくと書いていたことを思い出すと、この急な変化に、自分でも当惑してしまいます。どこかで何かが切れてしまった感じもします。生活環境に小さくはない変化があり、東京にいても、普段使う言葉が英語になったという事情も絡んでいるのだと思います。東京にいても、授業以外では、ほとんど日本語を使う機会がなくなってしまいました。…いや、振り返ってみると、もっと明確な理由があったような気もします。VistaWordが使いものにならないという判断を、どこかでしたのかもしれません。出したい漢字の半分もロクにすぐには出て来ないかまったく出て来ません。去年あたりから、そのため、日本語で書くときには手書き作業に何となく戻りつつあり、広辞苑や漢和辞典を久し振りに使うようになったものでした。要するに、Wordで日本語の文章を書くのが嫌になってきたのだと思います。そもそも、日本語を横書きで書くことに抵抗がある性質なので、漢字変換までダメとなっては、もう、こういうソフトを使って書くのは無理なのかなと思う次第です。幸いと謂うか、英語であれば、(もちろん)漢字変換というプロセスに悩まされることもなく、キーボードに打ったとおりの文字列が出るので、問題は起こりません。なので、ものを書くときには、何となくしかし常に、英語で書くというパターンに陥ってしまいました。それはそれでしかたがないのだと思います。書き言葉から起こして喋る性質なので、勢い、日本語で喋るのも億劫になり、また、下手くそにもなり、職場でも、情けないことに、日本語で喋ることを極力避けるようになってしまいました。…しかし、その分、日本語で読むことには、かなり明確な目的と意欲を持って、取り組むようになりました。日本語で本を読むようにしています。まずは、縦書きであるという単純な事実に新鮮な喜びを覚えています。また、インターネットではあまりもう見かけない漢字に出会えるのも素晴らしいことです。一昔、二昔前の小説などを読んでいます。(23.5.2009)

多忙を極めています。冬休みにまったく仕事をしなかったツケが回ってきているのと(でも、それはしかたがなかったのです)、例年はやらない、しかも慣れない一連の作業を今月はやらねばならないこととで、二重三重に忙しくなっています。例年であれば既にこの時期には8割方は方がついている教務仕事にまったく手をつけておらず、来週中に凝縮してできれば理想的なのですが、無理をすると体調を崩し、効率が落ちるため、あえてゆっくりとやるほうが賢いかと考えています。「あえて」と言うのは、恒例の春休みの英国「里帰り」の日程はだいたい決まっているからで、それをある程度遅らせることになってしまうからです。…それにしても、ただでさえ私は睡眠時間が不規則なのに、ここ2週間ほど、ほぼ隔日で深夜、早朝(午前4時だとか5時だとか、ときには徹夜のあとの午前8時だとかにも)にロンドンへどうしても電話をせねばならず、午前中に3時間程度の睡眠で昼から出講、夕方に帰宅したら長めの仮眠という型にはまってしまいました。続けて5時間以上寝ることは、この2週間、たぶん、一度もなかったと思います。大学への出講が昨日でようやく終わったのはプラス材料です。…これだけ無理をしているのだからそれなりの見返りをついつい期待してしまいますが、不景気なこのご時世、期待度は低めに自分の頭の中では保っておくほうが、たぶん、良いのでしょう。(23.1.2009)

新しい年が明けました。もちろん、それで何が変わるということもありません。妻が11日間にもわたり冬休みに東京にいたものですから、冬休みの真ん中のところは本当に休みになってしまいました。蓋を開けてみれば、とにもかくにも酒席の連続で、肝臓が少々やられてしまったようです。数時間に及ぶ酒席が数日も続くと、さすがに、何だか、覚醒している時間はすべて大なり小なり酩酊しているような感覚になり、ちょっとしたトリップをした気分になったものです。…妻がいるあいだも、深夜は仕事を細々としようと目論んでいたのですが、だめでした。彼女は6日に発ちましたが、それまでの11日間ほどは、まるで読み書きを僕はしませんでした。あれやこれやあって、今学年度の後期は、自分でも意味分節できないようなストレスが相当にたまっていたのだろうと思います。一旦、仕事を停止してしまうと、モードが完全に享楽的な休日のそれに切り替わってしまいました。妻が帰ってからも体調は向上せず、仕事初めは9日でしたが、そこから急に加速を強制され、ここのところの1週間は、ロクに寝ることもせず、仕事に仕事、あっと言う間に過ぎてしまいました。これが、まだあと10日くらいは続きます。今月も末になれば、いくらか、時間的にも気分的にも余裕ができることを期待して、目下、凌いでいます。(17.1.2009)

何だか、このHPも、あちらこちらがゴテゴテとしてきて、整理しなければならないのだと思います。年が変わるたびに年号を書き換えなければならないのも面倒くさい。プロの人に払ってやってもらう金などないので、自分でやるしかありません。金と言えば、ジリ貧を極めており、今年は赤字経営でした。まあ、嫌な仕事は引き受けず、自分がやりたいと思う仕事ばかりを選択的に引き受けていると、当然、こうなるのでしょう。不景気ということもありますし。いやいや、専門書はおろか千何百円かの本を買うかどうかでも迷うのですよ。まあ、新書や文庫くらいならまだ手が届きますけど。その割には、飲み食いには財布の紐がついつい緩むのですが…。なぜ、今年は赤字なのかと言えば、やっていて不毛だと感じていた仕事を先だっての3月に思い切って切り捨てて、年収が二百万円弱落ちたからです。定職を持っている人にはピンと来ないかもしれませんが、フリーでやっていると、そういう判断をしなければならないことがあります。簡単に言えば、金と時間の交換なのですけど、やっていて職能を磨くのに良い仕事や将来への「投資」になる仕事であれば、レートは悪くても引き受ける。そうでない仕事は、レートがそれなりに良くても切り捨てる。そして、浮いた時間を研究に費やして、次の仕事を有利に取るようにと勉強をする。そうやって、徐々に内容的にも待遇面でも良い仕事へと移行していく。これは、別に僕に限った話ではなくて、専門職でフリーの人にとっては、だいたい似たような発想になるのではないですか。英国の大学院を修了して日本で仕事を始めたときには預金はゼロになりました。そこから5年間ほど、とにかくレートが良くて仕事そのものは楽なものを多量に引き受けて、それなりの貯えを作りました。専門科目などを担当することができるようになったのは、それ以後、だいたい2005年以降からです。それ以降は、短期的には赤字でも良いという判断が下せるようになりました。しかし、あまり楽観はできません。とりあえず、赤字幅をあまり大きくしないように気をつけながら、同時に、それなりのレヴェルで研究を行い、アウトプットを出す必要がまずはあります。しかし、それだけでは長期的には衰退してしまうので、どこかで博打を打たねばなりません。これも、おそらく、定職を持っている人にはピンと来ないことでしょうね。まあ、頑張ります。これをもってして、今年最後の書き込みとします。正月は用事が立て込んでいます。…ここ23日、家の掃除をしていましたが、ネットでは音楽をひたすら聴いていました。1970年代へのタイム・トリップ、こんなの(http://uk.youtube.com/watch?v=gFave6IY3wo&feature=related)を聴いては興奮していました。それまでハード・ロック、プログレばかりにはまっていた当時の僕は困惑したものでした。しかし、今、こういうのを視聴してみると、何とも懐かしい。“Heart of Glass”なんてどうということないではないか、と言う人もいるかもしれませんが、当時、これが出たときには革命的だったのです。そういうのは後知恵と言います。1979年当時は、僕は、もうピアノのレッスンには行っていなかったとはいえ、ギターに毎日埋没していたし、記憶に間違いがなければ、ベース・ギターのレッスンに通っていました。今から振り返るに、学校から帰るとすぐにベースの練習を毎日やっていたのを今でもよく覚えているのです。こんな懐古談をここで長々と書くことはやめますが、だいたい、高校の2年生までは、僕は、自宅で勉強をしたことはついぞなく、教科書は学校のロッカーに置いていました。もちろん、学習塾だとか、そういうところへ行ったことは一度もありません。大学へ行くことはやめようともよく思いました。それくらいに、当時は、音楽漬けだったのです。もちろん、大学へ入ったら、最初にやったことはバンド編成で、勉強などしていませんでした。(だから、大学一年生で留年をしました。)皆さん、良い年を迎えてください。友人諸氏には、今年一杯、文学的インスピレーションを与え続けてくれたことに感謝します。僕の講義やらゼミやらの学生諸君には、更に来年度へ向けての激励と支援の気持ちを伝えたいと思います。変てこな書き込みになりましたが、年末なので、こういうのもありでしょう。では、ちょっと仮眠をしてから、妻を迎えに成田へ行って来ます。(26.12.2008)

さて、正月、何を読みましょうか。普段から読んでいる英文学の本は、やめたいものですね。少なくとも、僕は、食傷気味で、せっかく東京にいるのだから、日本語で読みたいと思っています。さて…、まがりなりにも、今、日本で働いていて、これだけは是非読んでもらいたいという本があります。武田邦彦『偽善エコロジー:「環境生活」が地球を破壊する』(冬幻社)。環境問題については、僕は、世界規模で科学的に検証されているデータには関心がありますが、日本で、曖昧に、「エコ」だとか何だとか言っている連中に対しては、まったく関心がない。巷で言われている「エコ」の90%以上は嘘っぱちだということは、こういう本から教わる前から、僕には分かっていました。それから、これは最新刊ですが、これまでとはちょっと違った口調の内田樹『昭和のエートス』(バジリコ)、平成文化批判としては楽しく読めるはずです。それから…、うーん、これはちょっと古いかしら(とは言え2005年刊ですが)。野矢茂樹『他者の声、実在の声』(産業図書)。哲学の素養がない人でも、文学研究をやっていてもうちょっと「意味分節」をちゃんとしたいというような人たちには良い本です。それから、これは僕が偏愛している本ですが、永井均『倫理とは何か:猫のアインジヒトの挑戦』(産業図書、2003)。たぶん、著者の永井氏も楽しみながら書いた本で、読むこちらとしても、楽しく、頭を引っ掻きながら、楽しく読めます。僕は、個人的には、微に入り細に入る哲学議論よりも永井氏のような「他の学問分野と連携できる」スタイルの学者が好きなので、あえてこの本を推薦しておきます。野矢茂樹氏の著作にも、そういう柔軟性をもってか書かれたものが多いことも付記しておきます。どうでしょうか、忘年会へ出かける行きと帰りの電車で知の地平を広めてはどうでしょうか。(これは特に、僕の学生諸君へのメッセージです。)それから、これはフィクションですが、東野圭吾の『ガリレオの苦悩』などはいかがでしょうか。これまで東野作品を読んでいる人たちにはどうというインパクトはないかもしれませんが、最終章の「攪乱す:みだす」には、これまでにはないアングルがあります。僕はと言えば、年始年末に東京に来る妻とのお喋りを最小限にとどめて、現代英文学をちびりちびりと読めればそれで良いかなと思っています。来年の原典講読演習(2個、あるいは場合によっては3個あります)は何にしようかと、まだ思案中です。うーん、どうしよう。まあ、まとまった時間が取れれば、「余談」あたりで私の(ガリレオのではない)「苦脳」について短文をかきちらすかもしれません。(26.12.2008)

整理整頓をしてしまったせいで、逆にさがしても見つからないものが出て来てしまいました。実は、これが、僕が平素からすべてをほったらかしにしておく理由なのです。整理などをするとものがなくなる。それから、整理整頓という行為には、ラディカルに反文学なところがあります。「余談」のところでもブリュッセルに引っ掛けて書きましたが、とにかく僕は、雑然としていて薄汚いところが好きなのです。…それはさておき、一昨日、何の講義の原稿をアップしたのか書き忘れていました。取り上げた作品は、カズオ・シグロの『わたしを離さないで』です。更に後日談を書き足しておいたので、よければまた読んでください。(25.12.2008)

昨日アップした講義原稿は間違ったファイルを上げてしまっていました。修正版に置き換えておきました。今日と明日は、もう何週間もしていなかった掃除をします。それから整理整頓。そろそろ何がどこにあるのか分からなくなりつつあるので。ただ、仕事に何週間か続けて忙殺されて、急に休みになっても、すぐには疲労から回復しないもので、むしろ逆に、一日二日は逆に体がだるくて動かなくなりがちです。そこを何とか、できるだけ体を動かそうと頑張っているところです。散歩というのも良いかもしれません。とにもかくにも、土曜日に妻がやって来るので、それまでに掃除と整理整頓はやらねばならないのです。(24.12.2008)

とりあえず、年内の出講は昨日で終わりました。冬休みです。ただ、冬休みとは言っても、そのあいだにこなさなければならない結構な分量の仕事があるので、「完全休暇」とは程遠いのですが。しかし、不眠症の私にとっては、起きたい時間に起きることができるのは非常に有難い。「本棚」に、最近行った講義の原稿をアップしておきました。…この映画(http://www.mysummeroflovemovie.com/home.html)をまた見ました。何となく上昇気流なので(だと良いのですが)、今後、映画や文学についてもっとアップできるような気がしています。期間限定のアップなので、関心のある人は早めに。(23.12.2008)

大学教員は、だいたい12月で一息ついて、先の研究・教育計画練る人が多いと思います。僕も、大学教員の端くれながら、そんなスケジュールを(惰性で)立てがちです。しかし、まあ、そんなことはどうでも良いとして、もうあと3週間強しかない12月の仕事とその他の用事をどうやり繰りするか、頭を抱えているところです。「イギリスの文学と文化」、そして、「イギリスの文学」のコーナーは、1月あたりから再開の予定です。しばらく休んでいましたが、再開ということです。やや遅れて2月になる可能性もありますが、再開の意図だけはあります。その間に年が明けますが、来年は2009年であり、そんな数字を見せられても、ピンとはきません。…というわけなので、しばらくの休止のあとの再開ですが、従来通りにまた購読してもらえると嬉しいです。最近は、拙英語サイトのほうの工夫や、その他、(やはり英語での)ブログめいたものに文章を書いているため、それもまた、このサイトの休止の原因の一つとなっています。また、大学での講義録などもアップしたいと思っています。(6.12.2008)

「余談」に短い雑文を新しく入れておきました。(19.11.2008)

目下、当HPは休止中です。ご了承のほどを。その理由については、先月、ここに書きましたが、それに加えて、身辺での移動やら何やら、いたって個人的な事情が絡んでいます。文章は書いていますが、ここには書いていません。しかし、可能な限り、近いうちに再開をしたいとは思っていますので、チェックはときにはしてください。それにしても、あれやこれやのページが未整理で、見っともなく、整理が必要ですが。(13.11.2008)

とは先日書いてみたものの、やはり、いかに「体調不良」が続いているとは言え、言いたいことの「過剰分」は出て来るものであって、折を見てここに書き込んで行こうと思います。人と話をすること(特に日本の職場においてですが)は、総じて嫌気が差してきていて、とにかく人と遭遇することを避けまくっていますが、家に帰れば他人は侵入して来ないのであり、昼間ほどの「死に体」ではなくなります。まあ、用事がなければ絶対に外出をしない僕のこと、家にこもって何をしているかと言えば、だいたい、あてどもなく読書(雑読)をしているだけで、それへの感想を書き留めておこうかという気にもなるわけです。(8.10.2008)

一昨日、更新の予定に触れましたが、どうもそれはかなり遅れそうです。とりあえず、しばらく更新は休止とご了解ください。定期的に当HPを読んでくださっている人たちにはお詫びを申し上げます。その理由は、分かりづらい言いかたで申し訳ないですが、僕じしんの言語生活破綻にあります。英国の文学なり文化なりを日本語に「変換」して紹介する際、まずは外在的に制約があまりにも多くなってしまったのと、それに加えて、僕じしんがそういう作業を丹念にやるだけの気力を失ってしまったということとが関係しています。「余談」にくだらないことを書き連ねる際にも、何を書いて良いか、何を書いてはまずいかに気を遣うようになってしまいました。文学や映画については、ましてや、です。そんな状態では、文章を書くことはやめておいたほうが良いと判断しました。「文化とはすなわち言語」であるというような言いかたに皆さんがどう反応するかは分かりませんが、僕にとっては、これが、目下、あまりにも大きな案件です。極論をすれば、「日本語で分かる英文学」などというものがあるのか。相当な削除と変換をせねば、そうしたものを提示することができなくなってしまった、というのが僕の現状判断です。日本の今日の文化がかなり内側に向かって硬直しているという事情、これは、残念ながら、指摘せざるをえません。そこから起こして英国文化を語るということはできないことではないですが、無理にそうしようとすると、ほとんど旅行ガイドブックのような「自己耽溺的」なおかしなものになってしまいます。「日本人の頭で英国がそれなりに分かれば良い」というような前提で文章するのであれば、それはできないことではないですし、本屋へ行けば、そんなレヴェルで文章を書いている人たちの本はいくらでも売られています。そういうものを書いている人たちの英語力やら英国文化理解度やらは僕には到底分からないですが、僕には、そういう「芸当」はできません。「翻訳」というキーワードを持ち出して良ければ、僕は、その話題には関心があります。しかし、「翻訳」というのは、基本的に、原語の意味を完全にターゲット言語に合わせて変形するという前提があれば、です。作業としては面白いし、原語の英語ではなく日本語のほうの限界点を見極める上で意義のある作業だとは思っています。しかし、僕は、もう、自分では、そういうことに関わる気がない。しばらくしたら再開つもりではあるので、当HP、ときにはチェックしてみてください。再開すると決めたら、その旨通知します。(1.10.2008)

昨日、久し振りに東京へ戻りました。近々、「本棚」と「余談」の更新をしたいと思います。また、目下、多忙につき、メールでのご返答は、仕事に直に絡む事柄以外については、遅れが生じることが必至となっています。電話での連絡は、少なくとも向こう3週間はできませんので、お控え願えると幸いです。(29.9.2008)

今日は、本当に久し振りに「リンク」への追加です。(22.9.2008)

もう9月の14日か…と溜息をついています。およそ、2日が1日というくらいのペースで時間は流れているような気がします。正直なところ、体調さえ良ければ、この歳になってこんな言葉を使うのも笑い種ですが、「就活」をこの夏に英国でやり、日本で働くのはやめにしようかとも考えていました。しかし、何がどうなったのかは分かりませんが、まあ、およそ体調不良により、そのオプションはもう現実的ではないようです。90%以上の確率で、3週間後には、東京で、相も変らぬ仕事をしていることと思います。まだ、もう一度、ロンドンを離れて休暇めいたものを楽しむ機会がありそうなので、あまり悲観的なことはまだ言いたくないですが、気分というのは、否定的なものほど強力なものです。本当は、時限が迫る前に、僕のほうから動きたかったのです。が、もう、この期に及んでは、選択の余地はないようです。あともう一学期、東京で「英文学」を教えながら、その後のことを、今度は絶対的な期限つきで具体的に策謀せねばなりません。12時間のフライトも、体力的に、もう、本当につらくなりました。あといくつこなせるか、自分でも分かりません。短い人生、どこかでスピード・アップし、現行のような異常な東京/ロンドンの往復パターンに入ったはずです。その頃には、まだまだ体力があったはずです。それが、もうなくなりました。飛行機に乗るたびに、「これが最期か」と思うようになりました。もちろん、体力的に、我々は、誰もが、いつまでも昔日のようにというわけには参りません。僕の場合には、早いか遅いかは分かりませんが、転回点に、もう、達しつつあるようです。…本日は、ささやかながら、「余談」を更新しました。(14.9.2008)

以前にも、The Smithsのこの曲にはこのHPで触れた記憶があります。しかし、まあ、新しいことを書くことがいつも良いというものでもありません。とにもかくにも便利なYouTubeで、The Smiths, How Soon Is Now?”のクリップを見て聴くことができます。前にも入れたとすると同じリンクですが、これ(http://uk.youtube.com/watch?v=K2NrIALcNOw)。こういう英国(あるいは英国ロック)は、今日の英国では、少なくともロンドンでは、もう残影しか伺えません。北のほうの町に行けば、まだあるかもしれないですが。1980年代のイメージですね。別に、そこにだけ何かかけがえがなく魅力的なものがあったというわけではありません。しかし、個人的には、僕は、別段特に意識せずに、平素、あの時代からの残像をしか、今日のテクニカラー化したロンドンでも、見ていないような気もします。陽光のハイ・ストリートではもはや感知できませんが、夜、やや荒んだ裏通りを歩いたりすると、イメージが懐かしく湧くことは、まだあります。こういうのは、ジャーナリズムや社会学的学知よりもよほど文学や音楽や映画などのほうに保存されているので、思い出すためには、そちらを参照する必要があります。詰まるところ、数字や言葉に還元されてしまったものは、「頭を良くする」ことには資しても、「よりフルに生きる」ことには資さない…僕の私見です。前述のとおり、最近は金欠病のため、不必要に家にこもって不必要な読書に耽っています。とは言っても、たかが僕なので、大した量は読まないですが。(12.9.2008)

「余談」への書き込みをしました。先日、ベルギーへ出かけた際の体験についての感想の前半です。(9.9.2008)

つまらない事情から、僕も妻も、今年の3月あたりから、緊縮財政を強いられています。分かりやすく言えば、毎月毎月が、赤字なのです。そこへ持ってきて、二人して歯科の緊急治療のために結構な出費を更に強いられ、ジリ貧の夏休みとなってしまいました。ただでさえ赤字経営なのに、所謂「踏んだり蹴ったり」です。たった3日間ですが、ベルギーで散財をすることに決めたのには、「やけっぱち」的な動機がありました。ない金を使えば、もちろん、あとでつけが回ってきますが、たまには「どうにでもなれ」という気分に浸らなければ、精神衛生上、もちません。さて、出費を削減しようとすると、どこからするかが問題になります。まずは過分に贅沢な飲食は避けるというのは常識かと思います。DVDやらCDやらも、買いません。本も、すぐに読みたいもの以外は買いません。幸い、まだ読んでいない本が家にいくらかあるので、本棚の後ろのほうをいじくっています。最悪の事態となれば、既存の教材を使ってドイツ語の勉強でもすればいいかと覚悟しています。そういうのは、実は、非常に低コストながら堅実な「知的資産」を作りもするということを僕は知っています。…例えば、見たい映画があっても金がなくて見ることができないだとか、買いたい服を買う金がないという状況は、僕にとっても妻にとってもさほどの苦ではなくて、手元に既にあるものでやり繰りして、それで別に何の不満もありません。そういう我々の気質が災いして、そもそも現今の経済的窮乏状態に陥っているという側面もあります。少ないもの、質素なもの、地味なもので、割とすぐに満足してしまうのですね。(6.9.2008)

ベルギーはブリュージュへ、先週、休暇で行ったということは、既に書いたとおりです。僕にとっては、日本から英国へ来るよりもよほどのカルチャー・ショックであったらしく、この週末に、ひょっとしたらまた行こうかなどと考えています。あの町が、気に入ったというよりも、何か、腑に落ちないものがあるからです。別に別の町へ行っても良いのですが、僕には、何となく、同じところを何度も訪れるという習性があります。…正直、英語でそれなりに用が足りるというのは、驚きでした。何という石頭なのでしょう、僕は、英語は英国以外では通じないという思い込みがあります。だいたい、昔、フランスへ行ったとき、英語だけでは損ばかりするというのがトラウマになってしまっていたのかもしれません。ブリュージュでは、まあご推察のとおり、僕は、「観光」などほとんどせずに、昼間からビールを飲みまくり、夜はムール貝をたらふく喰らったあと、ホテルで自前のウォッカを飲んでいました。どこへ出かけても同じですが、僕は、ホテルやバーのスタッフや、他の客、あるいはただ街角で出会う不特定多数とでたらめにお喋りをして時間を過ごすのが常であり、よほどのことがない限り、「観光」や「勉強」はしません。英国よりはタバコが安いので、それも、宿泊したホテルの(何と)すぐ隣にタバコ屋があったので、そこで必要量買い込み、買い物をするだけではつまらないので、そこの店員と延々とタバコ談義をしてきました。どこへ僕が行きたいと言い出しても着いてきてくれる妻には謝意、謝意。まあ、彼女も酒を相当飲むので、「共犯」でしたが。本当は、4日ほどで良いので、この休暇中に再訪したいのです。しかし、妻のほうがまとまった休暇が取れず、目下、身動きが取れない状態です。僕は、妻とは無関係に、イングランド北部を5日程度の予定で可能であれば回りたいのですが、今のところ、出かける必然性はあまりありません。ですから、いっそのこと、大陸へでも行きたいと思うわけです。そうそう、僕は、大学教員なので、所謂「後期」の講義の準備をそろそろ始めなければなりません。だいたい、僕じしんの関心がコロコロと変わるので、学年度初めにはこれで行くかと思って立てた「講義計画」が、この時期になってまるでやる気にならないということはしばしば起こります。やると言った以上はやりますが、ストレスが溜まることはよくあります。 (4.9.2008)

何だか最近、更新が断片的になってしまっています。22日付で「ロック雑談」に書き込んでいたのをお知らせするのを忘れていました。…もう29日なのですね。ここしばらく、カレンダーを見ることなく、「たぶん今日は…日くらいなのだろうな」という感じで過ごしていました。ここ3日間はベルギーへ休暇で出かけていて、留守にしていました。実は、これは、ちょっとしたニュースで、実は、僕は、英国には毎年いながら、大陸ヨーロッパへ行ったのは1992年以来なのです。話では聞いていたユーロスターというのには、僕は鉄道好きなのでもちろん大いに興奮しましたが、驚かされました。目的地はブリュージュというところでしたが、自宅を出てから3時間といくらかで着いてしまうのです。まだユーロスターなどなかった1992年当時、嵐の英国海峡を船で渡った僕には、かなりのショックでした。良くは事情は分からないですが、うちに比較的に近いSt Pancrasからユーロスターは最近発車するようになったようで、タクシーで10分ほどで着きます。電車に乗ると、「食堂車」でサンドウィッチをかじったりウォッカを飲んだりしているあいだに、あっと言う間に何とかかんとかいうフランスの町に着いてしまいます。そこからあと何十分か乗っていると、あっと言う間にブリュッセルです。「こんなに簡単にここまで来てしまっていいのか」と、独りで怒っていました。帰って来たら帰って来たで、仕事が山積みで、頭が痛いですが、まあ、休暇を取ったのは僕じしんなので、しかたがありません。(29.8.2008)

今日、更新をしましたが、「余談」に雑想を書き込んだだけです。(21.8.2008)

8月の5日と6日にここに短い書き込みをしましたが、それらは「余談」のほうへ併せて繰り込んでおきました。…ロンドンの地下鉄で駅構内アナウンスで妙なものをよく耳にするようになりました。いつ頃からだったか…。記憶はおぼろげですが、2年くらい前からだと思います。”Ladies and gentlemen, good services are running/operating on all London Underground Lines.”訳すと、「お客様、ロンドン地下鉄のすべての線は順調に運行しています」といったところ。これを、本当に誇らしげに言うのです。ロンドンの地下鉄というのは、年がら年中、信号機が壊れたり、車両が壊れたり、あれやこれやが壊れるものだということを知っている人は、こういうのを聞いても苦笑するだけでしょうが、慣れない人たちにとっては意味不明のアナウンスでしょう。ここ数日、どういうわけか急に地下鉄に乗りたくなり、別に乗らなくても良い(より運賃が安いバスで済ませても良い)のに、あえて地下鉄に乗り、そこここの駅構内をブラブラと歩き回っています。(8.8.2008)

ロンドンに来ておよそ1週間が経ちました。今年は例年よりも1週間以上遅れて来たので、もう月が変わり、面食らっています。落ち着いたと言えばそろそろ落ち着いてきました。着いた日から数日は結構暑く、夜半になっても気温が下がらず、その後、段々と涼しくなってきて、今晩は、今、13℃です。昼間は日光が差して20℃を超えても、夜にこれくらい涼しくなると本当に過ごしやすいです。窓を大きく開いておくとものすごく気持ちが良い。色々な虫が入って来ますが、それも楽しい。さっき、小型のバッタが入って来ていてベッド脇の壁にへばりついていたので、捕まえて、庭に逃がしてやりました。そう言えば、この夏は、ハチが入って来ません。一見、気候に異常はないように思われますが、何らかの異変が起こっているのでしょうか。…空調なしで心地良く過ごせるというのは、本当に僕には贅沢のように感じられます。東京では、5月初めくらいから僕はもう連日冷房を入れないと仕事ができないので入れます。その後、6月、7月と徐々に暑くなると、冷房は昼も夜もフル稼働状態になります。個人的には、「エコ」もへったくれもないと思っています。電気代、上がれば、いくらでも払います。4567月、そして10月から11月くらいまで、東京では、冷房なしではとてもではないですが仕事はおろか読書もできません。…7月は、正直、さんざんでした。仕事量が急に予定以上に増えたのと体調を崩したこと、それから、慣れない7月後半の猛暑に曝されたのが主要因ですが、体がもう動かず、頭も正気を失いかけたことが何度かありました。いくつかの事柄に思考をしっかりと引っ掛けて、それ以外の事柄については何とかかろうじて相対化できたので、ようやく凌いだといった具合でした。体調と精神状態を、適当に休養を取りながら、整えたいと思います。本日は、「余談」に短文をちょっと。(3.8.2007)

3ヶ月以上も放置しておいたパソコンというのは結構厄介で、どのファイルがどこにあるのかを確認するだけでも面倒くさいのに、ソフトのアップデートやらでも相当に時間を喰われます。…ところで、こんなもの(http://www.youtube.com/watch?v=jfT4fP7m7Nw)を、さっき、ぼんやりと聴いていました。しばらく前にYouTubeで見つけて、最近、ときどき聴いていたものですが、改めて、「今はもうない当時の日本」を思い出させてくれる素敵な曲だなと頷きます。岡村孝子の「ミストラル」です。1992年のリリースなのですね、調べてみたら。これは何か魔力みたいなものがある不思議な曲で、何年経っても、聴けば、「あ、あれか」と反応してしまう曲です。あなたがそう反応しなければ、たぶん、僕とは世代が違うのでしょう。あの頃は、テレビでもしょっちゅうかかっていた曲です。テレビのコマーシャルでも使われていたみたいですね。映像も、改めて見てみると、そう言えば、昔見たことがある記憶があるのですが、これ、ロケ地はどこでしょう。フランスっぽいですけど、意外と南方のような気もします。分かる人がいたら教えてください。音的には、ベースが鍵になっています。「何か魔力みたいなもの」と言ったのは、音的には、ベース音から発する何かのようです。一音一音を機械的なほどにはっきりと発音する彼女の歌いかたも関係しているでしょうか。…今、深夜、窓を大きく開けて、風が木々の葉を揺らす音を聞きながらこれを書いています。何だか、とてもほっとします。東京では、僕は、夏場は、窓は開けません。ゴキブリが入って来るし、風が吹くことも東京ではあまりないので。こちらロンドンでの僕の部屋は家の裏側で、庭に面していて、木々がたくさんあります。雨模様でちょっとばかり雨粒が入って来てもいたって構わず、窓はずっと開けっ放しです。蛾はたくさん入って来ますが、ゴキブリはいません。庭には、実は、キツネが住んでいます。…あまり乗り気がしませんが、ぼちぼちと本を読んで、しばらくしたら論文を書く準備もする予定です。何せ久し振りの我が家なので、どの本がどこにあるか分からず、面食らっています。状況を把握するには、あと1週間ほどかかるでしょう。…何で今更「ミストラル」なのかについて、一言。本当に、ああいう日本は、もうないのですよ。東京で働いていて、現在時制の日本の文化も僕は分かるので、断言できます。「欧米か」などという言葉が冗談になるような文化になってしまいました。まあ、ああいうのは、(特にメディア論とリンクした)社会学的な見地からは、そんなふうに皮肉って受け流してはいけないのかもしれませんが、僕など文学畑の人間には、適当に受け流したい時代の趨勢です。…日本をどう見るかというのは、僕にとっては、今、意外と大きな懸案です。日本文学を自分がいかにこれまで読んでこなかったかを、この歳(43歳)になって、悔恨しています。今日、21世紀の日本への僕の関心は、薄々たるものです。が、しかし、僕にとって、日本は、現在の日本に尽きるものではありません。イギリス文学なるものをやっていながら、大正生まれの祖父の願にかなうような仕事をすべきだというプレッシャーは常にあるし、また、40代になって初めて、僕じしんの中で昭和の文学を読みたいという欲求が高まったという事情もあります。また、ものすごく単純なレヴェルで、自分の日本語力が心配になってきたという事情もあります。どうせ、20代半ばで生活言語を英語に切り替えたので、僕の日本語力には限界が当然ありますが、それが最近、急に気になってきました。あまりたくさんをここに書くのも何なので、この辺に今晩はしておきます。(31.7.2008)

昨日、ロンドンへ来ました。僕がこちらへ夏場に着く日はどういうわけか暑い日が多く、昨日も30℃を超えていて、着いてからも疲れました。でも、今日は涼しくて、今、昼間でも、20℃かそこいらです。この夏は、7割がたは療養目的で来ているので、総じて仕事をする気がないのですが、特に、向こう1週間くらいは完全休養にあてたいと思っています。(29.7.2008)

諸々の事情により、まだ東京にいます。7月も20日を過ぎて東京にいるというのは、2000年以来、初めてのことです。それ以前も、1992年から1999年までは、この時期には東京にいたことはなかったので、梅雨が明けたこの時期を東京で過ごすのは、何と16年ぶりのことです。いや、それはもう、暑くて参っています。予定では、今週末か週末明けくらいにロンドンへ行くことになっています。体力が目に見えて減退する中、2ヵ月ほどの休みがあっても、いかほどの仕事ができるかにはまるで自信がありません。とりあえず、喘ぎ喘ぎ、本日、大学教務関係の前期の仕事はすべて終えたのは、ささやかな区切りです。…ここに何も書かないと読んでくれる人が減ってしまうので、何も別に「報告」すべきことはないのですが、こんな書き込みをしておきます。(23.7.2008)

仕事による疲労度は、主観的に感知される限りにおいて、体調が不良のときには実際以上に増幅されて感じられるもので、そういう事情もあるのかもしれませんが、先月半ばから現在にかけて、これだけ忙しくて疲れる1ヶ月をこれまで過ごしたことがあっただろうか、などと考えています。昼間の仕事を終えて家に帰り、それから、まだまだエネルギーがあって仕事を夜にかけて続けられるのと、何となく具合が悪くついつい横になってしまうのとでは、大きな違いがもちろんあり、最近は、ついつい横になり、趣味で読書をするだけの夕べが多かったことは確かです。おまけに、ただでさえない時間から何とか時間断片を捻出して、通院をしていました。しかし、それにしても、限界に近い仕事量を抱え込んでいたのは事実です。先月の半ばから、半日でもオフを取ったことはありません。それが、あともう1週間ほど続きそうです。それで夏休みに入ります。朗報は、ここのところ1週間くらい、体調がやや上向きになってきていることでしょうか。…というような、僕の側の半機能不全により、同僚や私が勤める組織、あるいは仕事でつき合いのある人たちにはご迷惑をかけたかもしれません。「連絡ミス」やら「提出期限遅れ」など多発していますが、それらは、僕の体調不良に主に起因しています。…正直、もう、所得はどうでも良いので、3か月間ほぼ無休で働いてきた見返りとして夏休みは完全休養に当てたいのですが、本の企画を一つ立ち上げてしまいました。これには、夏休み中にある程度の作業が必要になります。…と、とりあえず、「近況報告」まで。向こう1週間、予定が昼も夜もぎっしり詰まっているというのは、非常に荒涼とした風景で、そんな1週間ならないほうが良いとさえ思います。(11.7.2008)

妻がどういうわけか日本文学好きで、ロシア語訳と英訳で何だかあれやこれやの小説を読んでいます。「亭主が日本人だから愛想で」という理由からではどうもないようで、本当に面白いと思って読んでいるみたいなのです。僕は、英文学専攻なので、読む小説のほとんどはイギリスのものですが、妻は、「国境なく」色々な国の文学を読むみたいです。それに、たぶん、読んだ小説の絶対量も、僕よりも妻のほうが多いのだろうと思います。ロシア出身なので、もちろん、一番多く読んでいるのはロシア文学であるはずですが、その他も随分と雑多に読んでいるようです。で、何がきっかけだったのかは分かりませんが、あるときから(3年前くらいだったかしら)日本の現代小説を(主にロシア語訳)で読み始めました。それで、僕に、「この作家はどういう作家なのか?」と尋ねてきます。そのほとんどが、名前は聞いたことがあっても読んだことはないものが多く、いかに自分が日本語で小説を読まないかを、最近、痛感してきました。それで、こちらも、まあちょっとくらい読んでみても良いかという気分になるわけです。で、とりあえず、妻に命令されるままに、東野圭吾の『容疑者Xの献身』を読み始め、それを読み切らないうちに今度は筒井康隆を読めと言ってくるので、手軽に短編集を3冊ほど読み(短編集というのは同じ長さでも長編よりも一気に読める、これはなぜでしょうか)、それから『虚人たち』、『時をかける少女』を読みました。妻から筒井の特にどれを読めという具体的な命令は「最後の喫煙者」という短編だけだったので、それ以外は、僕が自分で適当に面白そうなのを選んで読んでいます。東野圭吾のほうは何となく面白いと思った程度ですが、筒井は、「あれあれ、これは何だ」と釣り込まれます。『虚人たち』には心酔しました。というわけで、暇をみて、向こうしばらく、筒井康隆を読み続けようと思っています。(8.7.2008)

「やさしい」という日本語の意味が僕の頭の中では空中分解しつつあります。例えば、「環境にやさしい」という文句が意味するところのものは、精確には何なのでしょう。僕も人並みに人間であり、漠然と、人からは「やさしく」されたいという願望はあります。でも、環境に「やさしく」するような人から、そうするのと同じようなしかたで「やさしく」されたいとは思いません。うまく表現できないですが、「やさしい」というのは、もっと、何か、必ずしも行動レヴェルでは表現されえずとも、内的心情としてしみじみと伝わる思いのことではなかったでしょうか。…ときどき思うことです。「言葉の死」という文句が頭をよぎってしかたがありません、最近は。人と人が関わるとき、殴り合ったり、背中をポーンとはたいたり、抱き合ったり、セックスをしたりと、身体的な関わりもあるでしょう。でも、ともあれ、まずは、言葉で関わり合いますよね。それが死んでいくというのは悲しいことです。大学で講義などをしていると痛感するのですが、決して豊かとは言えない僕の日本語の語彙が、使っても、学生たちに理解してもらえないことが多く、「ひょっとすると僕は外国語を喋っているのか」というくらいまでの錯覚をかなりリアルに感じることしばしばなのです。果てさて、僕が、藪から棒に、「やさしい」という日本語の使用を禁ぜよ、広辞苑からこの言葉を削除せよ、などと言ったら、非難ごうごうでしょう。僕も、まあ、それは、ちょっと強引過ぎるかとは思う。でも、では、今、進行しているような日本語のソフト化を容認するほうがそれよりも勝る策かと言えば、それにも、そうだとは容易には言い難い。まあ、あまりにも大きなトピックなので、これ以上はここでは書きません。でも、何となく、僕は、「流れに身を任せる」のはまずのではないかと思っている、それだけは記しておきたいと思います。…4日前にアップした僕の講義原稿は、いずれ外します。さっき、誤植などを修正しておきました。一か月ほどの期間限定の掲載ということにしておきましょうか。関心がある方は、早めにご一読を。…ところで、ここ二日の東京の天気は、いったいこれは何ですか。昨日、今日と、仕事で出かけて、汗だくになり、服が汗で腐るかと思いました。(6.7.2008)

さて、丸一か月以上、更新をしていませんでした。別に何かが起こったというわけでもありません。6月というのは、休日がまったくなく、まるでトンネルのような月です。息をこらえて、エネルギーを温存し、早く、とにかく早く、一週一週が過ぎてくれればというような気分になります。それに加えて、ちょっと体調を崩しもしたため、僕の天敵である梅雨の鬱陶しい蒸した暑さはなかったにもかかわらず、元気がない一月となってしまいました。こういう世の中にあっては、元気がないほうがかえってまっとうなありかたかと変な言い訳を自分にしてみたりもするわけですが、まあ、それは、ちょっとみじめですね。…昨日、湘南方面の某大学に、一回完結の文学講義をしに行って来ました。普段、とにかく同じところ(職場だとかスーパーだとか)にしか行かない僕には、天気が良かったこともあって、とても良い気分転換になりました。物好きな人たちのために、その講義の原稿をアップしておきます。「本棚」のコーナーの見出し近くにリンクを入れておいたので、良ければ読んでみてください。個人的には、好きな作品ですけれども、最近は少々食傷気味になっているKazuo IshiguroThe Remains of the Dayを取り上げた講義です。…このHP,またしばらく更新ができないかもしれませんが、ときどきはチェックしてみてください。(2.7.2008)

今晩は一転して「余談」の更新です。言葉について短い文章を上げておきました。この週末は、雑事が重なったのと、体調が良くなかったのとで、「不発」となりました。来週(今週)も仕事で忙殺されそうですが、その次の週には、病院ではなく楽器店に行き、新しいギターを買ってくることができればと思っています。天気だけは東京はこの週末は涼しく、いくらかの救いではそれはありました。(1.6.2008)

東京は一転して、湿気が高い非常に不快な天気で今日はありました。ほぼ全日に及ぶ教務仕事で疲れ、いささか茫然自失気味です。そんなとき、音楽に希望を求めます。何度も「ロック雑談」コーナーで紹介してきたZemfiraを聴いています。”SPID”は名曲です。YouTubeで聴くと映像がついているので、更に気が晴れます。短いクリップですが、これ(http://uk.youtube.com/watch?v=pULtael5aao)。年来、英語教育にはすかいから携わっていて、いかに僕は常にアメリカには1970年代当時から懐疑的であったか、最近になって再確認しています。決して、後知恵ではありません。確かにそうだったのです。…「英語」と言えばまずは「アメリカ」という発想になってしまうのは、今の、あるいは僕が知る限り1970年代以来の、日本が病んでいる病です。まあ、そういう話は、しても疲れるだけなので、いずれ、暇のあるときにしましょう。「世界は広く…」というナイーヴな話にも僕は着いていけませんが、それにしても、万事につけてアメリカをもってして「国際社会」の基準とするという日本のメディアの言説には、もう、飽きていると謂うか、本当に死ぬほど嫌気が差しています。ロシアを見てみましょう。(29.5.2008)

今日は東京はこの季節にしては珍しいくらいに乾燥していました。仕事とは関係のない用事があって、昼間から外を歩き回らなければならなかったのですが、予報されていたとおり日照りが強く気温は高かったものの、日陰に入れば、風があったこともあって、割と涼しいのに驚いたのでした。しかし、何よりも湿気がないのが涼しく感じた原因だと思います。いくつか店を回ったのですが、外はあれだけ乾燥していても、建物という建物の中がジメジメしているのはなぜでしょう。そう言えば、職場でも建物の中はいつも湿度が高いような気がします。扉を開けて建物に入ると、中はたいていジトッとした空気でよどんでいます。あまりにも湿っていると、気温とは関係なく、僕は具合が悪くなってしまいます。職場では、休憩時間は僕はほとんど外出ます。雨が降っていてもです。(27.5.2008)

ここしばらく、大した内容の更新もなく、また更新するかしないかじたいもかなり不定期になってしまっているので、「あいつはとうとう死んだか」と思った人もいるかもしれませんが、期待を裏切ってすみません。…まだ生きています。3月以来体調が低迷しているので、全体に機動力が落ちていることは否定できませんが、反面、だからと言って、突然にぶっ倒れたというわけでもありません。最低限度、やらねばならぬこと、やりたいと思うことはそれなりにやっていますので、ご放念ください。ところで、ちょっと残念なのは、どうも、僕としてはかなりの思い入れをもってして書いた映画評があまり読まれていないようであることです。このHPを定期的に読んでくださっている方々はイギリス文学、文化に関心があるのだと思いますが、僕の思い込みとは裏腹に、「余談」で僕が書くような雑文のほうを読んでいるのでしょうか。「余談」を更新したときのほうがヒット数が増えるようです。まあ、「余談」も、一応、文章を連ねている以上は、読んでくだされればとりあえず嬉しいですが、比較的にどうでも良いようなことを書いているだけのコーナーです。映画や本や音楽は僕ごときの外部に「実体」があるのに対して、「余談」は僕ごときが思いつきで書いているだけです。なるべく、定期的に映画評は更新をしたいと思っているので、できれば、そちらのほうをお楽しみください。…今晩も、延々と駄文を書いていました。この週末は、日本英文学会が広島であるのでしょうか。僕は、そういうのには出かけません。第一、旅費を捻出できないし、また、僕は土曜日も大学で授業をやっていて、学生相手に喋っているほうが楽しいからです。ふと思ったのですが、ときどき僕が思うことに、「何について何語で書こうが、「人生論」だけはしない」というものがあります。日々の生活は細かなことの集積であり、僕は、そういう細かな事柄の中をゴキブリのように這い回りたいと、常々思っています。ですから、当然のことながら、「文学」では小説や随筆が好きで、詩(日本文学で言えば俳句や短歌なども含めて)は大嫌い、音楽ではクラシックや民謡よりはロックやポップスが好きということになります。…正直、インターネット外の「現実」の仕事生活がかなり忙しくなってきていますから、あまりパソコンに向かう時間はないのです。しかし、可能な限り、このHPは、どのコーナーに書き込むにしても、定期的に更新したいと思っているので、ここでおつき合いしてくれる人たちが更に増えることを期待しています。(24.5.2008)

今日は「余談」の更新。それだけです。(20.5.2008)

先日アップした映画評の文章にはあまりにもタイプ・ミスが多いということは分かっていましたが、昨日、ようやく、読み直し、気がついたところは修正しておきました。本日の晩と明日は終日、久し振りに休みです。それで、ようやく、このHPの最近の書き込みの校正をするくらいの時間がようやくできたという次第です。59日の書き込みのリンクは是非ご覧ください。また、一応、見苦しい書き損じは修正したつもりですので、映画評の最新エントリーをご一読くださると幸いです。(更にまだミスがありましたら、教えていただけると幸いです!)ここ3週間ほど、こういう映画とは何の関係もない仕事で忙殺されていました。その間のこのHPへの書き込みは「心ここにあらず」というような浮ついた感じでやっていました。それにしても、もう5月も下旬になります。このあいだ東京に戻って来たと思ったら、もう、夏にロンドンで何をするか予定を立てねばならない時期になってしまいました。連日、語学の授業で相当に時間を食われることに加えて、本年度は、英文学系の講義の準備に相当に時間を費やさねばならないという事情もあります。明日は終日休日ですが、こういうのは、ここのところ1ヶ月くらいなかったように記憶しています。私信は最低点度必要なものは除き、その他は一切途絶えてしまい、失礼をしました。それはそれで申し訳ないと思うのですが、こちらの下宿(事務所?)は惨憺たる状態に陥りつつあります。読んでいない本があちらこちらに散乱しています。どうも、やはり、僕は、仕事の効率が悪いようです。いつでも何か未処理の仕事を抱えながら、その日その日を凌いでいるという感が否めません。また、6月は天気が一気に不快になる時期ですから、それをどうやり過ごすかも思案中です。映画も、DVDはここにあるにもかかわらず、見ていないものが山積みです。どうしましょう?(19.5.2008)

5月の17日です。前回、書き込みをしてから1週間が経ってしまいました。なるほど、1週間程度の時間が経過したという感覚はあります。しかし、それにしても、しっくりとこない何かがあることも確かです。あれやこれや諸々のことをやろうとして、そのうち、ロクにできているものはごく少数です。そのあたりに、どうも、違和感の原因はありそうです。先般アップした「映画の窓から見る英国」の文章にタイプ・ミスがいくつかあることは、自分でも、確認しています。慌ててアップしたために生じたエラーですが、それを修正する時間もこれまでありませんでした。あと、もう少しお待ちください。6月に入れば、いくらかこのサイトを整理する時間が取れると思います。…東京は最近は気温が低いという人が多いですが、僕にはこれくらいがちょうど良いです。これから、更に気温が上がって行くのを恐怖しています。(17.5.2008)

昨日に続いての書き込みです。先日、しばらく書いてはやめ、書いてはやめの連続で、結局、実際に見てから随分と時間が経ってから書き上げた映画評をアップしておいたわけですが、この映画を紹介する素敵なウェブサイトがあります(http://www.mysummeroflovemovie.com/home.html)。トレイラーや幾つかの場面のクリップがあり、また、意外に重要なBGMの雰囲気もつかめるので、是非、ご覧になってください。本日は、「余談」にも駄文を書いておきましたが、こちらの映画評のほうが、書いている僕としては、入れ込んでいます。日本ではおそらくDVD入手が不可能な作品でしょう。しかし、機動力がある人は、英国から取り寄せて見てください。(9.5.2008)

今日は「余談」の更新。先日、「余談」はしばらく更新しないと言ったばかりですが、しばらく前に書きかけの文章があったので、それに書き足して、最近のロンドン事情についての文章として、アップしておきました。英国、特にロンドンへ長期滞在で出かけようとしている人たちにとっては、案外と有用な情報を提供してしまっているかもしれませんが、「英文学」などを日本でやっていて、遠くからロンドンを眺めている人たちは、思いつきで書いているだけのコーナーなので、適当に読み飛ばしてください。最近の英国の「移民事情」は、活字メディアからでもある程度は推察できます。僕が書いたのは、そういうのとは必ずしも合致しないかもしれない、あくまでも僕の個人的な感想です。今の「英国文化」を見るときに、どうしても「移民」が大きく見えてしまいます。実際に当地で暮らしていると、「移民」を度外視するわけにはいきません。ロンドン在住者の半分が外国生まれだなどと言われると、いったい、あの街はどうなってしまったのだろうかと、首をひねりもします。そうして首をひねっている最中に、「移民」について感想を言えと言われれば、僕なりの意見はあるので、あれやこれや言いたいことはあります。そんなのを「余談」に書いたりしているわけです。僕は、個人的には、(主に東欧諸国からの)移民がロンドン、ひいては英国全土を最近席巻していることじたいには、別に特別な関心はありません。そういう大量の移民の背景にあるEUというものにも、実は、関心はほとんどありません。私情レヴェルでは、そういう「社会学」的なことにはまるで関心がないのです。僕の関心は、これは年来変わらぬものですが、英国で、英語で小説を書いている作家たちの文学的想像力にあります。彼らの国籍が英国であろうが、ポーランドであろうが、そういうのは、僕にとっては、あくまでも二次的な懸案です。特に、自分が英国ではなく日本にいるときには、そんなふうに感じることが多いです。今現在、僕は東京にいます。「ゴールデン・ウィーク」で、日々の仕事から短期間ですが解放され、幾許かの休養を取ることができました。あまり会える機会のない友人たちと酒を飲んだりして、楽しくと言えば楽しく過ごしました。4月から5月にかけては、ロンドン、あるいはロンドン・ベースの友人たちとは、ちょっと距離を置くことになります。東京は、正直、いて気分が良い場所ではないですが、久し振りなので、休日を利用してあちらこちらへ出かけて楽しくなかったと言えば嘘になります。これまで、折を見て「余談」に書き綴ってきたとおり、僕は、最近の日本の社会のあれやこれやの現象に対してとても批判的です。「批判的」どころか、激怒することもあります。しかし、今年になって、自分の体調不良による自分じしんへの自信喪失も絡んでいるかと思いますが、「怒る」元気はなくなりました。それはそれで問題で、文章のかたちで、いずれ、まとめて、いたって冷静に、「批判」をしたいと思っています。しかし、短期的には、そんな元気はありません。当座、金を稼ぐための仕事に支障が出ない程度の健康は維持し、余力があれば「文学」に極私的に沈潜したいというのが、正直、今の気分です。近く、英国へ恒久的に移り住みたいと考えていますが、そんなことも、日々の間隔レヴェルでは、何だかどうでも良いような気分になってきています。当座、手元に、読んでいて面白い本があり、こうして書きたい放題に書けるパソコン・ファイルがあり、死なない程度の食料が手に入る…それだけで満足です。「野心」が幾らかでもまだ僕に残っているとすれば、書きたい放題に書き飛ばす文章が、活字になり、それで幾らかはましな食べ物を買えるようになることくらいでしょうか。頭をよぎる断片的な思いであっても、何でもかんでも書きつけておかなかければ気が済まない性質なので、ゴテゴテとパソコンには雑文が溜っています。どうせ文章を書くのであれば、最終的には小説を書くしかない、小説以外の文章を書くことにはさしたる意味はないと僕は考える者なので、そんな方面であれこれ考えている日々ですが、当座は、日々の仕事に追われ、正直なところ、フィクションを書いている暇はあまりないのが現状です。まあ、理想にあまりこだわっていては、人生は、生きていけないものですね。(8.5.2008)

今日は、「映画の窓から見る英国」の更新です。今回取り上げた映画は、あまりメジャーな映画ではありません。しかし、英国の今日の文化を、その地方文化まで含めて理解したいという人たちには、是非、見てもらいたい作品です。そういう人たちが、今日の日本にはどれだけいるかはまったく確束ないですが。…4月の半ばから、半ば通信普通状態が続き、申し訳ありません。電話を取ると長話になる恐れがあるので、方針として、これまでは電話は受けないでいました。電子メールも同じです。今後も、6月の初めまでは状況は同じですので、ご了承ください。ある程度、僕が何をやっているかはこのHPに書きますので、まずこちらをご覧ください。「余談」をご覧になっている方々が多いようですが、向こうしばらくは、そちらではなく、「映画」や「本棚」のほうに重点を置きたいと思っています。(6.5.2008)

本日は大学への出講や自宅では講義録の準備のみでそれ以外に何かをする時間がなくなってしまいました。授業は型どおりのもので、僕としてもただ時間を過ごしたという感じで、別にどうのということはありません。ただし、藪から棒に、学生から「先生、予備校で教えていたことありますか?」と訊かれたのには虚を突かれました。そう言えば、20年くらい前に予備校で教えていたこともあったかな。お茶の水にあるT*****塾というところで、東京での大学院生時代4年半ほど、確か、教えていました。それはそれでもう、今更、変更できることではないので、どうでも良いのですが、大学での授業は、僕なりに一応、場所は大学だということを嫌というほど意識してやっているつもりです。そこへもってきて、「予備校で教えていましたか?」という問いは、意外と衝撃的です。20年前のこととは言え、まだその頃の痕跡をとどめているのかな、などと思ってしまうわけです。自分では意識できていないで、過去を引きずっているということも、ときにはあるのかしら。まあ、それは、別にどうのということではないですが…。ところで、少々自己耽溺的なことを書いておきたいと思います。今、東京にいて、日々、ほぼ毎日、あちらこちらの大学へ行っていますが、数日前まではロンドンにいたという事実と記憶が隙を見て意識に忍び込んで来ます。さすがに(ロンドンで)15年以上も同じところに住んでいると、いくつかの街角の風景はほぼ恒久的に意識に焼きつけられます。それが、ふと気を抜いた一瞬、目の前の東京の風景を乗っ取ってしまうのです。それは、総じて、心地良い瞬間ではあります。仕事へ行く気の重さも、英語教育がいかに歪んでいるかも、そもそも東京にいるという事実じたいも、一瞬、意識から消去されるからです。普段は道を歩いているときには何かについて生産的に思考を組み上げるように心掛けていますが、これが来るときだけは例外で、錯覚にいいように流されるようにしています。何とも不思議です。頭で考えることがすべてではない、ということを、改めて思い知らされます。平素、何を見てそれを記憶に留めているか、記憶というものがいかに強力なものであるか、等々、意外であるようで実はさほど意外ではないかもしれない事柄に、否が応でも意識が向けられてしまうのです。そうなると、もう、思考は停止します。しばしばフル稼働しているので、たまには休ませても良いでしょう。しかし、それにしても、です…。「映画の窓」は継続的に、駄文でも良いので継続しようと考え、目下、次のエントリーを書いています。しかし、当面、どうしても、それを毎日続ける余裕がありません。時間の捻出はときに難しくもあります。どうしたって、与えられた時間以上の時間はないのです。体調がそれなりのレヴェルを維持し、また、講義などであまり時間的に頓挫しないように気をつけながら、「映画の窓」の書き込みを続けたいと願っています。これはもう、実相は、物量戦です。…それから、僕の駄文を読んでくれている人たちへ向けて一言。各自の人生は、それはもう、あるようにあります。それは十全に認めます。しかし、僕は、個人的には、ものを読む以上、注意深く一語一語丹念に読み、決して、流し読みなどというおかしなことはしません。同様の文章の読みかたを、諸氏にも期待します。疲れに疲れているので、仕事とはまったく関係のない小説でも読んで、なけなしの時間を過ごしたく…。(24.4.2008)

今日は、「本棚」の更新です。IshiguroThe Remains of the Dayについてです。往年の名作ですが、今、今日、20年近く前に刊行されたこの作品を再読すべきと僕が考える理由を書いておきました。今週は、講義の事情から、この作品について考え続けることになる予定です。「裏」では、映画評を書いているところで、うまく行けば、それも、もうすぐに「映画の窓」にアップできそうです。それ以外に、目下、特筆すべきことは何もないです。そうですね、もう東京に戻って1週間半が経とうとしています。天候の違いにも慣れてきました。出る直前のロンドンは雪や雹(ひょう)が降るなど、非常に寒く、確か深夜は氷点下でした。4月に入ってです。それと比べると、もちろん、東京はものすごく暖かいわけです。先月から「体調不良」とブツクサ言ってきましたが、それは、まだ同じで、何とか仕事へは休まずに行っているという状態です。総じて、低空飛行です。目の前の仕事をこなすだけでなく、ちょっと先を見据えての(仕事・生活両面での)予定を考えなければならないという、これまではなかったプレッシャーもあり、体調が万全でないのがこれほど歯がゆいことはこれまでなかったです。あまり長くはこういうのは続かないことを願うばかりですが、それは、あまりにも不確定要因が多すぎて、「願う」にとどまり、積極的に僕のほうから働きかけるということはできない状態です。(22.4.2008)

前回の更新には、個人的に、そのタイミングですが、結構な思い入れがありました。10日に東京へやって来たのですが、東京でではなくて、ロンドンにいるあいだにそのとき浸っていたものについてメモ書きをしておきたいという希求が強かったのです。慌てて書いたので、校正の余地は大いにあろうと思います。時間があればやります。これを機会に、「映画の窓」は、続けてあといくつか書ければ良いなと思っています。日本語で映画について感想を書き留めておくというのは、結構、やっていて、自己啓発的でもあり、楽しいです。「日本語で」というところがポイントで、この「言語変換」が、意外に楽しかったりもするのです。実生活では、日本語はちょっとつらいです。それから、これは、ものを書く際の効率からというのが一番の理由ではないですが、基本的に断酒をしようと思っています。仕事はとりあえず大学の講座の前期学期立ち上げで手一杯です。短期的には、それで手一杯で、余剰エネルギーはなく、あればそれは極々私的な事柄を考えることに使うつもりですし、仮に更に余裕があっても、いたって自己耽溺的にこのHPで映画論を書くくらいに留めたいと思っています。「余談」であまり日本について書くことはやめようと思っています。それは、もう、生理的にちょっと無理になってきました。書いても、どうせ誰かが書いていることの二番煎じですし。それよりも、映画や本について書くほうがよほど僕としては気分が良いです。(14.4.2008)

今日は、「本棚」の更新と、本当に久し振りの「映画の窓」の更新です。(7.4.2008)

月が変わりました。4月です。恐るべき4月です。しかし、僕はまだロンドンにいます。まだ、1週間強、東京には戻りません。表向きには、一応、同業者と同じく、春休みもそろそろ終わりという時期に差しかかっています。あれやこれやの体調不良が重なり、蓋を開けてみれば、この「休暇」中には、目に見えるアウトプットは特にありませんでした。別に、気にしてはいないです。気になることは、他にいくらでもあります…。ロンドンは、急に気温が上がりました。10度くらいも急に上がったので、ちょっと、体がついていきません。3月の中旬を過ぎて一時的に冷え込むというパターンは、これまでになかったわけではないですが、いつ訪れてもいささか混乱します。ここ1週間以上も更新をしていなかった理由は、仕事に邁進していたからではありません。現状ではノルマは大したものではないので、仕事はきちんとやっていると報告しておいて、さほどの差し支えはないと思います。あれやこれや、少々体力的に(金銭的にも?)無理をしてでも、行けるところへ出かけるようにしています。結果的に、あまりPCは電源を入れていません。こういうののほうが、まっとうなのかもしれません。しかし、家内作業としては、メインの「映画の窓から見る英国」を更新すべく、毎日、ちょっとづつ、書き溜めています。いずれ、アップする予定です。(1.4.2008)

ロンドンは、昨日と今日と、晩方になると気温は氷点下です。寒さで文句を言うことは僕はなく、むしろ、昨年の秋の東京でのクソ暑で被ったダメージからまだ回復していないので、気温はいくら下がっても歓迎です。…ここのところの1週間は、大して何をするでもなく、何となく過ぎてしまいました。映画をまとめて見るつもりだったのですが、ダメでした。予定していたことは、ごっそりと先送りです。ちょっと慌ててはいますが、「ノルマ」は向こう3日以内にMy Summer of Loveというのだけを見る、それだけなので、不必要に慌てず、呑気に構えていても良いのかもしれません。ところで、今日は、「ロック雑談」を更新しました。更に、ところで、明日は、僕の結婚3周年記念日です。が、そのことをすっかり忘れていて、野暮用を入れてしまいました。(23.3.2008)

ロンドンは、また、夜半になると気温がグンと下がるようになってきました。今晩は氷点下ギリギリのところで止まっていますが、風も強いし、ひどく寒く感じられます。ここ12週間は、また、雨が多く、ほとんど晴れ間はなかったように思います。こういう天気が僕は好きなので、嬉しくてこういうことを書いています。2月よりも3月のほうがよほど気温が低いような気がします。…英国のコメディー・キャラクターでAlan Partridgeというのを知っていますか。こんなの(http://www.youtube.com/watch?v=e2IZwOOGGrU)を見て笑ったりしています。Kate Bushが好きな人は気に入らないかもしれませんが…。「笑い」と「微笑」というのは、ところで、まったく別物なのでしょうか、それとも、基本的には同質で、同じものの程度が違うだけなのでしょうか。最近、いたって個人的な状況においてですが、まるで別物なのではなかろうかと後で思わされた出来事がありました。平素、僕は、およそ、「ゲラゲラ笑い」か「むっつり」のどちらかですが、数時間にわたって「微笑」(素敵な日本語ですね)モードが続いたのには自分でも驚き、何だか、新たな生を受けたような気さえしました。…映画について(ひょんなことから)少々ネタを仕込んだので、まとまった文章を書きたいのですが、もうちょっとお預けになりそうです。(17.3.2008)

更に、今日は書き下ろしで、「余談」を更新し、更に、「ロック雑談」にも、かなり本音をぶちまけた書き込みをしておきました。今後、しばらく、授業やら自身の刊行物へ向けての準備態勢に入るため、更新は不定期になりますが、よろしく講読を続けてください。イングランドの北部、特にYorkshireを軸にして、現代英文学、それから映画と、探索をし、その方向で可能な限り活字を生産したいと思います。大学の授業では今年はKazuo Ishiguro漬けとなりそうですが、そちらは、少なくとも4月、5月期まではサブにやります。最低限度にコンパクトにまとめたいと思います。Ishiguroと言えば、先日、ロンドンのJapan Centreに行ったときに書店コーナーを見て回りましたが、なぜか「日本の文学」の棚にIshiguroの小説が置かれているのですね。これは、当座、表向きにはインチキです。Ishiguroは、表向きには100%イギリスの作家であって、「日本文学」の一角をなしているとは、場所が東京であろうがロンドンであろうが、言えません。(15.3.2008)

昨日、今日と、「余談」に二つエントリーを入れておきました。慌てて書いているので、打ち間違いがあったら御免なさい。向こう数日、映画を何本か見ることに鳴るので、久し振りに「映画の窓」の更新ができるかもしれません。…ロンドンは、ここ数日、何だか寒くなってきているような気がします。僕が気管支炎が治ったら、妻のほうが風邪でダウンしてしまいました。東京をぼんやりと思い出していて、気になったことがあります。地下鉄の駅に「C13」だとかいうような記号番号がつけられたのはいつ頃でしたか。発想としては、日本語の地名は外国人には覚えづらいからだとか云々という話を聞いたことがありますが、本当ですか。理路はここではいちいち説明しませんが、あれは即刻にやめるべきだと僕は強く思っています。駅に記号番号を割り当てるなど、悪趣味、阿呆の極み、ちょっときつく言えば、ほとんど発狂の兆候です。(14.3.2008)

3月も1/3が過ぎてしまいました。体調はかなり回復しましたが、急に仕事(そう、雑事としての「仕事」です)を再開しようとしてもままになりません。今日は、「ロック雑談」へ2点書き込みと、「余談」への短文の書き込みをしました。徐々に、4月以降の担当講座へ向けての準備をせねばなりません。ロンドンでは、天気は最近荒れ模様で、急に春が訪れるような予感もあるために、こういうタイミングは、残念と言えば残念です。(10.3.2008)

45日更新をしなかっただけで、日ごとにヒット数は減る…ちょっとしたジレンマです。毎週何か実質的なネタがあるわけではないので、本気で書きたい更新というのはそれほどはないのですが、それにしても、です。まあ、いいや。このHPで一銭でも稼いでいるわけではないですし。ただ、ちょっと、今のところ強調しておきたいのは、単なる思いつきと手が滑るにまかせてだけで書き込みをしているわけではないので、できれば細かなところまで読んでもらえれば幸いだということです。何だか音楽についての書き込みが溜まっていますが、「本棚」などよりもよほどこちら(「ロック雑談」)のほうを読んでもらいたいという希望が、僕にはあるということです。「余談」で文化や社会について知ったようなことを書いたりもしますが、その辺は足元が怪しくて、地歩を固めて書いているのは、むしろ「ロック雑談」のほうです。今日は、そんなことへの斜交いからのコメントも兼ねて、「ロック雑談」も更新しておきました。ところで、一つ前のそのコーナーへの更新、ロシアの歌姫とそのバンドによる演奏を楽しめるYouTubeへのリンクを当該コーナーへ埋め込んでおいたのですが、見逃している人がいるようなので、ここに再度、入れておきます(http://www.youtube.com/watch?v=rViD7ynm-Us)。これは、ロックで、ロシア民謡ではありません。ボケッと聴いているだけで断片でもロシア語が拾えることができるようになったのは、僕にまだ外国語学習力があるということかしら。…ところで、僕のほうとしては個人的な信頼関係への不信はつのるばかりですが、僕の身体的な状況を万が一にも心配してくれている本当に近しい人間たちのために、健康状態報告。2週間も苦しめられた気管支炎は完癒しました。では、また。(8.3.2008)

最近のことであるにも関わらず、いつ書いたか思い出せないのですが、「余談」に更新があるはずです。それから、今日、ちょっと、「ロック雑談」の更新もしました。Pelageyaというロシアのグループについてですが、これはちょっとした発見です。僕じしんは、相変わらず気管支炎(らしい)でひっくり返っていて、何となく体の調子が良いときにパソコンを立ち上げて思いつくことを書いているだけというような情けない有様ですから、少々の誤字脱字は、当座、何でもいいから少なくとも何かを書いているのと交換に、勘弁してください。(3.3.2008)

今日は、あまり欲張らずに、「ロック雑談」のほんのちょっとの更新だけです。ところで、僕は、「余談」に書いているような「日本時評」になど、さしたる関心もないです。平素、よく考えていることは、別のコーナーに書いています。特に、音楽で「クリック」する人たちからの応答を楽しみに待っています。(2.3.2008)

「余計なことを言うこと」は大事なことだと思うのですよね。「言わなければ良かったな」だとか、「失言だったな」だとか、とにかく、言って後で後悔すること。だって、後になって覚えていることは、考えてみると、そういうことばかり。言ってしまったときは、恥をかいたり、人を怒らせたり、物事がまずく運んでしまったり等々、良いことはありませんが、時が経てば、そうしたそのときの不利益はもうどうでも良くなって、むしろ、言ってしまったことを言ってしまったことだけが思い出され、それが懐かしく思えてもきます。失言ならぬ「適言」というのは、あまり記憶に残らないもの。そういうのは、言ったそのときで用済みになってしまうから、だから後で忘れてしまうのかしら。…などと、ぼちぼち考えながら、今日は、いくつかのページの整理と「ロック雑談」へのつけ足しをしました。(1.3.2008)

今日は「本棚」と「ロック雑談」の更新です。(28.2.2009)

放置しておいた風邪が暴れ出し、どうも気管支までやられ、本を読むのもつらいのですが、抗生剤を使わなければ風邪の予後はどうなるのだろうという他人事みたいな関心もあり、ほったらかしにしてあります。結構、つらくなりますね。歳を取ると、体力がなくなるのでしょう。それを口実に、昨日、今日と、音楽ばかりを聴いています。細かなことに関心がある人のために…僕は、PCでもCDプレーヤーでも、ヘッドフォンで大音量で聴きます。BGMとして何となく聴くというのは、僕はダメです。…1980年前後にタイム・トリップします。あの頃を、あの頃は、僕も現在時制で生きていたということを強みに感じます。携帯電話などなかったし、タバコもどこで吸っても良かった。「生きる」ということは、ものすごく個別の個人に特殊なことであるがゆえにこそ、たかがその程度の小さな事象から、いかに多くのことを引き出せるかにかかっているのだな、などと思います。あまりバカみたいに誇大妄想狂になるのもどうかと思いますが、拡大のモーメントは絶対に必要で、その原点は音楽が与えてくれる刺激にもあるかと思います。音楽って不思議ですよね。多くの観点からは、理詰めで解析できる。でも、特にライブ演奏を聴いていると、部分の合計が全体と一致しない。そこで生じている「余剰分」を感じることが、ひょっとすると、生きることなのかもしれません。(27.2.2008)

1週間ほど更新をしていませんでした。風邪やら何やらの体調不良で、万事につけて少々作業が滞っている状態です。「もう2月も末だ」と不必要に慌てているのも良くないのかもしれません。何事も、いい加減にやっていればうまくまとまるものであって、変に慌てて短期的な結果を求めると、かえっておかしなことになる、というのは周知の法則です。今日は、「ロック雑談」の更新です。(26.2.2008)

昨日の「余談」の更新は、あまりにも打ち間違いが多く、すみませんでした。読みづらい箇所を補正して、今日の日付で再度アップしておきました。天気は、ここのところ数日、冬型で落ち着いています。陽が差すことがあまりなく、空には厚い雲。ただ、でも、やはり天候不順なのでしょう。雨がほとんど降りません。(19.2.2008)

ヒット数を見てみたら、昨日(日曜日)に、おそらく、このHPを開設して以来で最大の数がありました。特に最近の更新は思いつきでやっていることが多かったので、貴重な時間を割いて読んでくださっている方々にはお礼を申し上げます。本日も、駄文を「余談」にアップしておいたので、よろしけば見てみてください。ところで、細かく拙HPを読んでくださっている方々には了解いただいていることかと思いますが、別ドメインの英語ページへ、このHPはリンクされています。そちらは、これまでは更新もほとんどせずにただ置いてあるだけのサイトなのですが、そちらを近日中にちょっといじっておこうと思います。こちらの日本語のHPに関する限り何らの変化も施しませんが、英語からこちらへ入ることができるルートを作るべきかと、ふと思ったのです。現場はかなり情況が錯綜していますが、体裁は整えますので、今後ともよろしくご講読ください。(18.2.2008)

「この季節にしては異様に暖かい」などと書いていたら、ここ数日でグンと寒くなりました。平年以上に寒いというわけではないですが、これまでが暖かかったので、実際の温度以上に寒く感じられるのだと思います。…それにしてもロンドンの物価高はすごく、別に大して贅沢をしているわけではないのに、東京の倍くらいのペースで金が飛んでいきます。目下、緊縮財政を強いられています。…パソコンの整理をたまたまし始めたところ、いくつか良く書けているかなと思うものが出てきたので、Inspector Morse論を、英文ですが、アップしておきます。3週間程度の期間限定アップなので、関心のある人は、早めにどうぞ。「本棚」のコーナーに収めておきました。10年以上前に書きつけたものの「復刻版」(?)です。「本棚」コーナーの久し振りの更新でもあります。…ところで、昨日、とある刺激があり、改めて、今年こそ、聴いているばかりではなくて、自分で演奏をしようと決意を固めた次第です。読み書きも好きですが、自分で音を出すことの楽しみに、20余年振りに賭けてみようと決断しました。ロックは、やっぱり、自分でやらなければダメです。(16.2.2008)

(これより前の日付の「近況報告」はここ。)


リンク:

Tanji先生  (James Joyceを専門としておられる英文学者。大学院時代の先輩。文学のみならず、英国のロック史にも詳しい。僕が聞いたこともないようなものを数多知っています。いつも勉強させてもらっています。)

Johannes   (ウィーン工科大学の数学者。専門は、何やら応用性が高くて、僕にはよく分からない。大学院時代からの友人。鬼気迫るほどのドライな数学的感性に感服。なぜ、ドイツ人にはこうもでかいオートバイに乗るのが多いのでしょう。)

 

bnmn

-140   (ロシアの天才的ミュージシャン、Zemfiraの日本語ファン・サイト。Zemfiraの最新情報を提供してくれるだけでなく、ロシア文化一般関連情報の宝庫でもある、とても有難く、貴重なサイト。ロシアに関心のある方は必見。)

Tets  (専門は僕とはまったく違いますが、さまざまな話題で議論を交わす友人。科学者かつピアニスト。人工心システム論の著作Artificial Mind SystemをドイツのSpringerから最近出版。繊細な音楽的感性をも備え持しながら、人間の「意識」を探る秀英。)

Conrado Silva de Farias  (ブラジル出身で英国で活躍するサウンド・デザイナー。長らくスコットランドにいたが、最近、ロンドンに戻って来ました。1990年代後半あたりからつき合っている旧友。)

Ronan Magill  (英国ロンドンを拠点に活躍しているピアニストです。日本の文化、音楽にも関心があり、British Councilの後援を得て、日本でも定期的に演奏をされています。)


ロック雑談 (懐かしく昔を振り返りましょう。主に、ちょっと昔の話。)


フォトギャラリー (知人にしか意味のないコーナー。)


掲示板 (本当はこれ、開いておきたいのですが、「荒らし」などにつきあっていられないので、閉鎖中。開いていたときの書き込みをまとめて並べておきます。)


管理人とこのHPについて


コンタクト (リンクを張ることをご希望の方はご連絡ください。その他、掲載内容へのコメントなど他のご用件もこちらのアドレスへどうぞ。 northernskylinescafe@hotmail.co.jp


 

追記 - ページ・トップの写真は、20063月、Hampstead Heathで撮影。40余年にわたって僕を蔭から支えてくれ、人知れず逝去したある人を弔う気持ちを込めて撮ったものです。

 


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